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電脳@個室

情報科学を学ぶ大学生。のはずが今はなぜか脱線し図書館にこもっている

新海誠さんと韓国問題

「君の名は」でオタク以外にもメジャーな存在となった新海監督ですが、以下の記事が話題になっていましたので少し取り上げたいと思います。

woman.infoseek.co.jp

読んだ限りではとくに何も驚くようなことはおっしゃられていないのですが、いわゆる嫌韓の人たちがかなり怒っているようです。

おそらく、"さまざまな価値観を共有している"という言葉にネトウヨの先生たちが反応したのだと思いますが、これは実際に現地でアニメファンとの触れあいを通して実感したことを素直に言葉にしただけだと私は思うわけです。

もちろん宣伝で韓国に行っているわけですからヨイショする気持ちも当然あったと思います。しかし、現実として隣国なわけですから習慣や価値観が似ていても特に驚くにはあたらないと思うのですね。これは韓国が好きとか嫌いとかとは関係なく、現実にそうだと思うわけです。

 

私が疑問なのは、韓国どころか外国の人とまともに触れあったこともなさそうなまとめサイトの住民が、なぜ韓国やあるいは親韓の日本人を糾弾するのかということです。もちろん政治的には韓国とは揉めていますし、この件に関しては韓国側にも非があると私は思います。

ただ、韓国政府に反感をもったとしても、なぜ韓国人一般にまで攻撃の範囲を広げるのかがわかりません。しかも会ったことすらない、メディアを通して知っているにすぎない人たちを対象に。

実際に人と交流した新海監督の感想をなぜそこまで否定できるのか。新海監督は別に政治的なことに言及したわけではありません。それにも関わらず、なぜ「売国奴」「そっち側の人」「頭狂ったか?」と言われなければならないのか。なぜ過剰に境界を作るのか。私はこれが一種のアレルギー反応のように思えてなりません。(この例えが不快でしたらすみません)

 

例えば韓国で親日的な発言をすればそれなりの攻撃を受けることがあります。鬼畜日本人なんかに好意をもつとはけしからん!というわけです。かなり過剰で、私はこれがアレルギー反応だと思うのですが、これはまさに日本と韓国で共通して起こっていることです。

両者ともメディアで数千万人規模の相手のことを全て知ったような気になり、憎しみが増幅し、自分の思想に同調しないもとは全て敵とみなす。そのような事態のもとでは仮に相手に好意を持っていたとしてもそれを言葉にすることは大きなリスクとなります。今回の新海監督の件がまさにそうです。

ネトウヨの先生方があれだけ否定したのに、皮肉なことに彼らの過剰な反応こそがまさに双子のように似ており、

○○人は全て敵で悪! 同調しないやつも悪!

という共通の価値観をもっていることがわかります。

 

右のアレルギー反応に言及したので少し左のアレルギー反応も見ておきたいのですが、ロンドン映画祭に関するコメントで新海監督が「日本を美しいと思ってもらえたら、とても幸せ」と発言したことがありました。これも別に何も問題のない発言だと思うのですが、「新海はネトウヨ」「新海は日本会議」などと謂れのない反応が一部で吹き上がりました。

おそらく新海監督は日本の風景や文化の美しさを知ってほしいという気持ちで言ったのでしょう。この発言は誰かに対するヘイトではないですから、もちろん新海監督はネトウヨではありません。日本会議のwebサイトをみても名前が見当たらないので日本会議のメンバーでもないと思います。ですから完全にイデオロギーによるアレルギー反応です。

以上で述べてきたようなことはあまりに当たり前でわざわざ言葉にしないといけないことが悲しいのですが、私としてはこのような病にかかった人たち、妄執や憎悪に支配されて人たちに影響を受けずにまっとうにものを考える人たちが増えるしかないと考えます。

日本も韓国も健康になりますように。

シン・ゴジラを愛し、君の名はを嫌うおじさんについて考える

ネットで映画の意見なんかを探してますと

シン・ゴジラ」はリアルで傑作だけど「君の名は」はディテールがだめでノリについていけない

みたいな意見を見かけます。正直な意見なんでしょう。私はどちらの作品も好きですが、食べ物に好き嫌いがあるのと同様に映画に好き嫌いがあるのは当然です。

ところでなぜこういう反応があるのでしょう?

 

色々考えてみましたが、結局映画を見るポイントが違うということに尽きると思うのですね。例えばシン・ゴジラは徹底したリアルだと言われるわけですが、そもそもあんな優秀でかっこいい官僚や政治家がいて、立派に日本の舵取りをしていること自体がファンタジーだと思うんですよ。でもそれに対しておじさんはつっこまないわけです。それはそうですよね、作品にとって重要なポイントではないんですから。

 

では君の名はについてはどうでしょう。SF設定に関しては色んな方からつっこまれていますね。じゃあそのツッコミポイントって作品にとって重要なんでしょうか?ファンは新海誠作品にしっかりとしたSF設定を期待しているのでしょうか?少なくとも私はまったくそんなことを期待していません。ピュアで切なくて超セカイ系な恋愛アニメを期待しているだけです。そしてその欲求は「君の名は」という作品でしっかりと満たされました。

 

私はシン・ゴジラは自信を失った日本のおじさんたちにファンタジーを見せる都合のいい映画だなんて言いません。そんなことはこの傑作映画にとってはどうでもいいことです。私は「君の名は」はSF考証や論理的整合性に欠けるクソ映画だなんて言いません。青春力MAXの少年少女たちには物理法則なんて関係ないのです。

 

ある意味当たり前の結論ですが、シン・ゴジラ万歳おじさんが「君の名は」に対して不満をもったことは、映画に期待しているポイントがずれているために発生した不幸な出来事にすぎません。もちろん映画に何を期待しようと、映画のどこに注目しようと見る者の勝手です。ですから誰が間違っているというもんでもないです。観客の数だけ感想がありますから。

ただ、私からすると変だなと思うようなポイントに注目されているおじさんたちが「君の名は」に対して不満をもつメカニズムは、とってもシンプルだよってことが言いたかったのです。

クリエイターが聖人であることを求めるクソな風潮について

狼と香辛料の原作がまだ続くというニュースがありまして、個人的にはホントにハッピーなんですけども、ネットのどこかでは「でも作者の支倉って2chでやらかしてたよな」なんて意見もあるようです。

 

事の真偽はともかくとして、僕としてはこういう意見を持った人間の背後にある「クリエイターはいい人であってほしい」という信念に対して全力でウンコを投げつけたい気分なのですね。あ、あなたはそういう信念をお持ちの方でしたか、じゃあどうぞお帰りください。以降の文章を読んであなたが怒っても責任は取りませんよ。

 

僕が言いたいのは単純なことです。つまり、クリエイターが清廉潔白でないことに失望して、その人に対する興味を失ってしまったのなら、あなたはどこかでその人に「アイドル・タレント」であることを求めていたのです。否定しないでください。これまであなたは、クリエイターの人格に関係なく、作品を正当に評価するだけの能力が自分に備わっているかのように振る舞ってきたのかもしれません。でもそれは嘘だったのです。作品を見て、あるいはクリエイターのtwitterを読んで、勝手に作品の神たる作者のイメージをプラスの方向に肥大させていったのです。それは作者の責任ではありません。あなたが勝手にイメージを作ったんです。それに、作者が裏切ったっていいじゃありませんか。だってあなたは作品を正当に評価した結果、それを好きになったんですから。

 

そういえばベッキーが最近叩かれてますね。彼女は明らかに「タレント=好感度が命の生き物」ですから、こういう結果になっているのは、肯定はできませんが、納得はいきます。タレントが好きであることの理由に「人格」を上げるのは自然であるように思われます。でも映画や小説について、それが好きであることの理由に、クリエイターが聖人のような人物であることをまず第一に上げる人はいません。少なくとも弁が立って、人にバカだと思われたくないと感じている人間は、そういうことに、いたく気をつかうものです。

 

話がとっちらかったので少しまとめましょう。作品は楽しみたいけど、作者の事も気になるよーという方、それが間違っていると言えるほど僕は賢くも偉くもありません。ただあなたの物事に対する優先度、パラメータの割り振りが人格に偏ってしまっているだけです。結局は、クリエイターの悪行をどこまで許すかというラインを個々人で調整するしかないのです。いずれの場合にしても、自分がそのようなまったくもって恣意的なラインを引いている事を忘れないでほしいものです。今は、そのラインが、あらゆる物事の中でも特に人格を優先するように、恣意的に引かれているという異常な時代なのです。

 

おまけ

僕の過去記事を見て「なんだこいつ岡田斗司夫に裏切られて怒ってたやつじゃん」と思いましたか、違います。いや僕にも基準ってものがあります。そんな目で僕を見ないでください。岡田斗司夫さんはアウトです。80人と寝たり、リスト作ったり、巨乳度ランクつけてる人を許容できるような倫理基準を想定するのは難しいことです。

「基礎情報学」読んだ

いわゆる情報学の専門家による著作。

西垣さんの本はいくつか読んだことがあるが、基礎情報学は彼の著作の中でも主著っぽい雰囲気が出ているので今回読むことにした。

 

結論から言うといろいろガッカリした。

西垣氏は本書の冒頭部分で情報科学が「情報の意味」をあえて考えないようにしてきたことを批判する。同時に、浅薄な未来社会論なども批判し、情報の意味作用に着目したモデルを組み立てることを宣言する。その議論のために導入される知的ツールマトゥラーナオートポイエーシスルーマンの社会システム理論なのだが、この道具立てが僕にはおおげさに感じられたわけだ。

第三章では、著者がこれらのツールによってマスメディアを分析する部分があるのだが、それほど難解でもないような現象をたいそうなツールで分析されてもなーと。そういうのって、モデルの有効性よりもむしろモデルの陳腐さを明確にしてしまうんではないの?

あとマトゥラーナルーマンのおかしさと比べると西垣さんという人は優等生的というか、彼のモデルはシンプルにまとまり過ぎてないか。記述も平坦だし。

と、まぁこんな感じで不満がありまくりなのだが、なんせ10年以上も前の本である。それを考慮して批判せねば、そう思うのだが、どうしてもダメなところばかりが目についた。そんな本でした。

 

 

やりたいことリストの悪循環

今から述べることは情報社会論なんかで散々言われているのかもしれないけれど

重要なことなので書いておこうと思う。

 

僕はやりたいことリストというモノを定期的に書き出してしまうクセがある。

今の自分って何考えてんだ?ということを明確にできるから、というのが理由である。

当然ながら情報が溢れている今の社会では、日々このリストが更新されていく。

リストの中には一年かけても終わらないようなことも含まれているというのに、

リストだけはどんどんふくれあがっていくのだ。リストの項目を一つ潰す間に

またリストが更新される。

成し遂げた快感よりも、完遂できない不快だけが蓄積していく。

 

変な話だけど、好きな事が少ししかないひとがうらやましいと思う。

たぶん解決策は「当面はやることを絞って集中する」しかないんだろう。

でもやりたいこと、楽しい事って、そんなに悩んで取り組むもんじゃない...よな...

悩みのどつぼ「炎上被害に遭いました」

【相談】

はじめまして内田先生。私は今、評論家としてやっていくことに悩んでいます。

私は大学こそ出ていませんが、ダイエット法の独自開発、評価経済という革新的な理論の発表、4タイプ理論の構築、MITでの講義などの実績をもち、オタクの人からはオタクのキング様と呼ばれて尊敬されている評論家です。ニコニコ生放送にも早くから注目し、そこでも私の話術で多くの視聴者を獲得することが出来ました。キリストは尊敬していますが、あの時代にあれくらいのことは出来て当然だと思います。例えるならラピュタを作っていたときの宮崎駿の作家性が

(中略)

だから僕らはいつも思うんだよな。ハインラインみたいな

(中略)

いえ、結婚式はあまり、でもスターウォーズ

(中略)

そんな私ですから愛人もたくさんいます。愛人の存在は私の構築した恋愛社会理論によってうまく説明できます。ルーマンの著作をヒントにしました。私はレイプはしないタイプですが、性欲は中くらいの人間だと思っています。今回私が小説のネタとして準備していた妄想リストが流出し、世間で問題になりました。私はネットで叩かれ、炎上被害に遭いました。私の支持団体である「GUARDIANS ex」からは脱退者が出て大混乱です。そこで、私を支持してくれる頭のいい人たちを新たに募り、サロンを開きました。そこまではよかったのですが、私のやっている生放送に人が集まらなくなりました。「スターウォーズ」「ディズニー」「ジブリ」と私の切り札級のカードをきっているのですが、うまくいきません。どうしたら人が集まるでしょうか。

【回答】

あなたにとって重要なことってなんですか?

相談者さんは今とても混乱していると思います。自分がしたいことを明確にしましょう。僕、こういうモードを戦闘思考力(デンケン・レコンキスタ)って呼んでるんですけど、相談する方ってだいたい何に悩んでいるのかはっきりしていないんですね。自分に何か欠点があると思っていますか?違いますね。あなたはまったく反省していない。では愛人のことで悩んでいる?これも違いますね。あなたは愛人をモノとしか思っていない。ではあなたの悩みはいったいなんなのでしょう。

ずばり、答えましょう。あなたは生放送のネタに困っているだけです。あなたほどの話術があればそこそこのテーマをおもしろい放送に昇華できるはずです。私があなたにオススメするテーマは「岡田斗司夫」です。

え?ご存じない?

無理もありません。世間的にはもう終わった人物とされています。相談者さんのように愛人を正当化する恋愛理論を持ち合わせていませんし、ダイエットも失敗し、自分勝手な経済理論をぶち上げている人物です。流出した愛人リストは妄想で自分は被害者などと主張している人物です。相談者さんとはまったく反対の存在ですね。でもだからこそ視聴者はそれを新しい挑戦だと思っておもしろがってくれるのではないでしょうか?

自分に自信をもって「岡田斗司夫」というテーマを料理してみましょう!

【続報】犬でもわかる岡田斗司夫入門〜理論と実践〜

まえがき

こんにちは!はじめまして。

本を買ってくれてありがとう。それとも立ち読みかな?(^_^)

わたしは「岡田斗司夫」を専門に研究している内田といいます。

え? いきなり専門用語でわかんない?

大丈夫です。この本を読み終わるころにはちゃーんと「岡田斗司夫」が何か、犬に説明できるようになっています。これから少しずつ勉強していきましょうね。

 

近年、「岡田斗司夫」を理解しようという気運が高まってきました。本屋でもよく「特集:オカダ時空」「やさしいオカダ」「本当はむずかしいオカダ」「苦しんで覚えるオカダ」「14歳から始めるオカダ」「トシオ完全制覇」「論語より岡田」などいろんな本が並んでいます。この本もそういった需要から生まれました。

 書名を出しておいて言うのも卑怯ですが、実はわたしはこういった本をあまり読みません。これらの本はほとんどが専門家に向けて書かれています。ですから「岡田ってこういうとき、いつもああだよね〜」といった内輪向けの話ばかりなのです。わたしはそのような安易な態度をとる学者への反発をエネルギーとしてこの本を書き上げました。

最近の研究成果に関心のある犬たちがこの本を役立ててくださることを願います。

第1章 人間社会の終焉

人は古来より自らを神の模倣であると考えてきました。それは信仰というよりもわたしたちの世界の原理のようなもので、実際に社会を支える根拠だったのです。しかし最新の研究成果ではそれを否定するよな結果が得られることがわかりました。きっかけは岡田斗司夫なる人物が出演したニコニコ生放送でした。そこで彼はこう言い放ちました。

「俺だけが人類、他は犬」

その夜から世界が一変しました。

第2章 パラダイムシフトの時代

そう、我々は犬でした。

岡田斗司夫という新たな存在によって歴史は過去のものとなったのです。いまや岡田斗司夫抜きで社会を語るのは不可能になっています。実家に帰ると中卒の母までが「岡田斗司夫」という言葉を使っています。どうして岡田氏の言葉を信じるのか、不思議に思う方もいるでしょう。たしかに、「地球は犬の惑星」なんて言ってる人がいたら、まずは正気を疑いますよね。でも岡田氏の発言を裏付けるような事実が次々に報告されて、我々が犬であることが本当だと認められるようになったんです。

第3章 犬社会とは何か?

我々が犬であるという考えを支持する根拠がいくつかあります。

まずは氏の今年の状況を復習しましょう。

・大量の愛人の存在、および、氏の性格をなによりも強烈に示すリストの存在

・ニセ入院疑惑、盗作疑惑、続々と報告されるナンパ被害、町田氏へのニセ依頼

・高須院長、および、その妻への侮辱

これだけではありません。この後Synapseにおいて、複数の彼女を持つことを認める人に向けた月額1万円「ウチで話そうよ」コースを開設。「ナマだから言える言葉」で話すとの触れ込みで発表されたこのサロンの紹介文には「炎上はイノベーション」という名言が刻まれています。自らの人間性が世間の犬たちの知るところとなったいま、まだこのようなことを続ける氏に対して怒りのワンワンが鳴り響いたことは記憶に新しいことと思います。

もう、みなさんおわかりでしょうか?これらの支離滅裂な行動は、彼一人が人類で他は犬であるという考えによってうまく説明できるのです。仏陀マルクスが200で俺は2000といった発言は、実は氏のいじわるな伏線でした。氏は自らが人類であることを知っていたのです。そうでなければ自らを2000の男だと言ったりはしないでしょう。

第4章 幸福の新しいかたち 

では、我々犬にいったい何が出来るのでしょう。このまま岡田斗司夫に好き勝手されるのをただワンワンしながら見ているだけなのでしょうか。

たしかに、氏はとても頭がいいです。犬の常識では想像もできない行動や発言をします。頭脳で我々が敗北するのは目に見えています。まわりを見てください。たくさんの犬がいますね。彼らはあなたの心強い味方です。あなたがワンワンしそうになったとき、一緒にワンワンしてくれます。我々犬は連帯することで生きていけるのです。

第5章 新世界への勇気

すぐに関係を持ちたがる、人類特有の浅薄さを犬々はもっとも嫌います。

人類には関わらない勇気を持ちましょう。我々はただ自分たちの文化を育てていけばよいのです。自信を持ちましょう。あなたは一人ではありません。みなが人類に戸惑っています。それでも人類を理解し、適量の軽蔑をなげかければ、

きっと素晴らしい犬生を送れますよ。